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さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 1話 ≫
2月の末平日の金曜日 札幌に向かう飛行機の中には、窓の外かなり下の方を流れる雲を眺める弘人の姿があった。

菜緒に会うのは、冬休みに彼女が横浜に帰って来て以来になる。

菜緒の勤める養護学校は札幌空港から電車とバスを乗り継いで4時間程掛かるところにあり、弘人が訪れるのは去年のGW以来3回目。

そして平日の金曜日に態々有給を取ってまで会いに来たのは、彼女が働いている養護学校を見たいという思いからだった。

午前中早い時間に横浜を出発した弘人が養護学校に到着する頃には午後3時を過ぎていて、門の外から中の様子を伺っていると養護学校の先生らしき男性が現れ「何か用ですか?」と声を掛けられ、恋人に会いに来たとは言えない彼は、仕方なくその場を後にすることに。

しかしバス停に戻りどう時間を過ごそうか悩んでいると、自然と足はまた養護学校の方へ向かう。

雪のたくさん積もった正門の前を行ったり来たりしていると、先ほどの男性教諭がまた通りかかり「あなたさっきもいましたね!何かうちの学校に用ですか?」

さっきより強い口調で問い掛けられ、弘人はどう答えて良いのか分からず気まずそうに頭をかいた。

すると「弘人?」聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くとそこにはびっくりした表情の菜緒が立っていて「菜緒!」弘人がそう呟くと「月丘先生のお知り合いですか?」男性教諭が菜緒に問い掛けた。

男性教諭の言葉が聞こえてはいるものの、ビックリするやら嬉しいやらで戸惑いを見せる菜緒。

そんな彼女に事情を説明してもらい、弘人は養護学校の中に入ることを許された。

子供たちとクラブ活動をしている菜緒の様子を体育館の片隅で黙って弘人が見ていると「月丘先生 あの人誰?」中学生の女の子が菜緒に質問をし「先生の知り合い」と菜緒はちょっと照れたように頬を染めて答えた。

「先生の彼氏なんじゃないですか?」

「きゃぁぁぁ 彼氏だって・・・いいな、いいな」

生徒達に冷やかされて恥ずかしくなった菜緒が「もう うるさいなぁ」照れ隠しで怒ったように呟くと「でも先生の彼氏かっこいいね」と言われ、彼女は嬉しくなって綻んだ顔を隠しように俯いた。

菜緒の仕事が終わるまでの時間を弘人は学校を見学しながら過ごし、二人で一緒に彼女のアパートに向かう。

「弘人と一緒に帰るなんて、なんかちょっと不思議」

「そっと見てるつもりだったんだ。菜緒が教師してる姿一度見たかったんだ」

顔を菜緒とは反対方向へ向けて弘人は零すように呟き、彼がどんな顔でそんなセリフを言ったのか見たかったなぁ・・・菜緒はそんな事を思いながら、自分の編んだ手袋が嵌められている彼の手をそっと握った。


一人暮らしをしている菜緒の部屋は1DKのアパートで、実家に住んでいた時とは比べ物にならないくらい狭かったが、それでも彼女にとっては誰にも縛られることも監視されることもない自由でいられる自分だけの大切な場所。

弘人は部屋に入ると慣れたようにベッドの脇に荷物を置き、冷蔵庫の中を覗きながら「夕飯簡単でいい?」と問い掛けてくる菜緒に「俺も手伝うよ」と言って流しの前に立った。

二人で冷蔵庫の残り物で炒め物とサラダを作り、いつ彼が来てもいいようにと用意された箸と茶碗を彼女は嬉しそうにテーブルに並べると、向かい合って座り二人笑顔で「いただきます」と手を合わせる。

「ホントはね明日電話して話そうと思ってたんだけど・・・」

「ん?どうかしたの?」

「月曜日 校長先生に『急に4月から横須賀の養護学校に空きが出来ると連絡が入ったのですが、月丘先生は横浜の方ですよね?ご実家から遠くないと思いますが行かれてみませんか?』って言われたの」

「横須賀?」

「そう。あたし行こうと思うの。そうしたら今より弘人に会えるから。
でもね、実家には帰らないつもり・・・自立していたいの」

「それでお父さん達は納得するかな?」

「お母さんには話したの。お父さんの事は任せなさいって言ってくれて」

「分かった。俺に出来ることは協力するよ」

「ありがとう。電話じゃなくて直接弘人に話せてよかった。
弘人・・・会いに来てくれてありがとう」菜緒はそう言って、弘人を見つめて微笑んだ。

食事の後二人は会えなかった時間を埋めるように、弘人が菜緒を後から抱きしめるようにして座り他愛もない話を続けた。

「いつもメールだけだから寂しいね」

「うん」

「うん、だけなの?」

菜緒が不満を漏らすと「俺も寂しいよ」彼は彼女の耳元で小さく呟き「時間を気にしないで一緒にいられるっていいね」菜緒はちょっと恥ずかしそうにしながら、弘人の手を握って呟いた。

「ねぇ 廉くんの高校の合格発表どうだったの?」

「あぁ 合格したって連絡あったよ。今日が発表だったんだ。
菜緒に絶対に合格祝いしてもらうんだって、あいつ言ってた」

「良かった。これで高校でも野球続けられるんだね」

「俺の代わりに甲子園に行くって言ってる」

自分の事のように嬉しそうに呟く彼の方を向き「弘人がこんなに近くにいるって嬉しいね」菜緒は彼にそっと抱きつき、弘人はそんな風に甘えてくる彼女が愛しくて抱きしめる手にギュッと力を入れながら彼女の耳元小さな声で名前を呼んだ。

「菜緒」

弘人に名前を呼ばれるだけで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだろう。

彼から体を離すと顔を上げ、キスをせがむ菜緒の唇に弘人の唇がそっと重なった。


つづく・・・


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さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 2話 ≫
俺たちが結婚を決めたあの日から、もうすぐ2年

その間北海道と横浜で遠距離恋愛だったけど、菜緒に逢えない、生きてるかさえも分からなかった昔に比べれば全然辛くはなかった。

メールで毎日の出来事を報告しあったり週末には電話したり。

年に数回だけど、菜緒が帰ってきたり俺が会いに行ったり・・・・

きっと結婚するまでには、まだまだ時間がかかって乗り越えなきゃいけない壁もたくさんあるけど、きっと菜緒を幸せにするよ。

それが出来るのは俺だけだって思ってる。

菜緒と一緒に探すと決めた 『さがしもの』

それは俺たち二人が幸せになる為の方法なんだ。

だからきっと俺たちは、さがしものを見つけ出してみせるよ。




朝 自分の隣で静かな寝息を立てて眠る菜緒の可愛い寝顔を見ながら「ずっと一緒にいられたら当たり前のように見られるんだろうなぁ」弘人はそんな事を思いながら、彼女の柔らかな髪をそっと撫でてみた。

すると菜緒が眩しそうな顔をしながら目を覚まし、弘人が自分の寝顔を見ていたことに気が付くとちょっと恥ずかしそうに布団で顔を半分隠しながら「おはよう」と囁いた。

何だかまだ、照れくさい。

朝食をすませると二人は直ぐに出かける準備を始めた。

どこかに行く訳でもなくただ町を散歩するだけなのに、二人で一緒にいるだけでそれは楽しいデートになった。

雪のたくさん積もった道を手を繋ぎながら歩き、小さな雑貨店で買い物をしたりスーパーで食材を選んだり、そんな他愛もない事が凄く楽しい。

しかし二人で過ごす幸せな2日間はあっという間で、明日の朝には彼は横浜に帰らなければならない。

お互い寂しい気持ちがあるのを分かっているのにあえて何も言わないのは、次に会う時菜緒は横須賀に帰ってくると分かっているから。

そう思うと寂しい気持ちが少し和らいだ気がして、弘人はただただ愛しい彼女を抱きしめて眠りについた。

次の日の朝空港まで見送りに来た菜緒は、そのままついて帰りたい衝動を押さえ込み笑顔で彼を見送った。

「すぐに弘人の所に帰るから、待っててね」



北海道から帰って来てからというもの、弘人は彼女が横須賀に帰ってくる日が待ち遠しくて仕方がなかった。

カレンダーの日付を後何日と指折り数える毎日。

合格した高校の野球練習に既に参加させてもらっている廉が一人夕飯を食べていると「菜緒が帰って来る日、お前も一緒に空港行くか?」と弘人が優しく問いかけた。

「その日も練習があるよ。菜緒姉ちゃんにごめんって謝っといて」

「分かった。菜緒、廉にすごく会いたがってるんだけどな・・・」

「俺だって会いたいよ。でも、レギュラー取るまで頑張るって決めたんだ。
俺がレギュラー取ったら菜緒姉ちゃんと一緒に見に来てよね」

「あぁ 絶対に行く! その代わり絶対にレギュラーになれよ」

「もちろん」

菜緒が帰って来るのを待ち遠しく思っているのは、弘人だけではないようだ。



そして菜緒の父親はというと、娘が家には帰らず一人暮らしを始めると言った時には反対したが、結局母親に説得をされたようだ。

「菜緒はもう立派な大人なのよ」と・・・

そう言われると返す言葉が見つからない。

「それに実家にいたら彼氏にも会えないじゃない」

母親はちょっと意地悪く言いながら、父親の顔色を伺ってみた。

菜緒が北海道に行って暫くして、また二人が付き合い出したことを聞いた時は正直驚いたが反対しようとは思わなかった。

ただ以前反対して別れさせた手前どう言って良いのか分からなかっただけで、彼が今時珍しくきちんとした青年だという事は、一人で了解を得る為に会いに来た時に感じていた。

だが母親の事、彼の友達に襲われそうになった事を考えると、やはりあの時はあぁするしかなかったのだ。

でも今は違う。

離れていてもお互いを信じ繋がっていた二人を引き離そうとも、引き離せるとも思っていない。

ただ口には出さないだけで、二人の絆の深さには気付いているのだ。

そう遠くない日、彼が会いに来るだろうとも思っている。


つづく・・・


さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 3話 ≫
少しずつ桜が咲き始めた3月末の土曜日、菜緒が横須賀に帰ってくる日がやって来た。

弘人は嬉しい気持ちを抑えることが出来ず、飛行機の到着時間よりも一時間も早く羽田空港に来て到着ゲート前のイスに座りタバコに火を着けた。

ソワソワと気持ちの落ち着かない彼は、一時間の間に一体何本のタバコを無駄にしただろう。

そして一時間後、菜緒の乗った飛行機の到着を知らせるアナウンスが掛かる。

もう座って待ってなんていられない。

暫くして到着ゲートを通って彼女が出てきたのが見えると「菜緒」気持ちを抑えられず、彼は思わず叫んでしまった。

そして彼に気が付いた菜緒は、嬉しそうに駆け寄ると思い切り彼に抱きついた。

「菜緒 お帰り!」

「ただいま。弘人」

しかしそんなラブラブカップルの後ろで、怪訝そうな表情で咳払いする男がいる。

菜緒の兄 達也だ!

「お前らねぇ そういうこと人前ですんなよ」

ちょっとヤキモチを妬いているようにも聞こえる。

「お母さん それにお兄ちゃんも・・・来なくていいって言ったのに」

見られたことが恥ずかしくて怒ったように呟く菜緒に「そんな事言うなよ」と彼女の頭をポンポンと優しく叩いく弘人。

「ご無沙汰しています」

深々と頭を下げる弘人に対して「本当にヨリ戻したんだな」不満そうな顔を見せる達也。

そんな息子の名前を諭すように呼ぶと母親は「きっと弘人くんが迎えに来てるから良いって言ったんだけど、お父さんがどうしても行けって言うもんだから・・・ごめんね」と優しい笑みを漏らしながら謝った。

「いえ、いいんです。僕が来る方が間違ってるのかもしれません」

気を使う弘人に「そんなことないよ。弘人が来てくれて、あたしは嬉しいよ」菜緒は屈託のない笑顔を見せる。

すると「はいはい、分かりました。俺たちが邪魔なんですね。お母さん帰ろうよ」達也がやってらんねぇ・・・そんな言い方をして体を翻(ひるがえ)し歩き出した。

「でも菜緒の部屋に行かなくていいんですか?」

弘人の問いかけに「いいのよ。菜緒が無事に帰って来たって分かったから。弘人くん、菜緒をお願いね」母親はそう答え、息子の後を追って帰っていった。

二人に悪いことをしたような気持ちになっている弘人の隣で、菜緒は幸せそうに彼の顔を見つめた。



菜緒の部屋は養護学校から歩いて通える距離にあり、弘人の家からは電車で1時間くらいで来れる場所。

二人が部屋に着いて暫くすると荷物を積んだトラックが到着し、荷物を運びながら「新婚さんみたいだなぁ」なんて菜緒が思っていると「新婚さんみたいだな」って弘人が照れくさそうに呟いて、二人顔を見合わせて笑った。

荷物をすべて運び終わり引越し業者が帰ると、積み上げられたダンボールを開けながら彼が今後のことについて話し始める。

「やっぱりもう一度親父さんに会いに行こうと思うんだ。
まだ結婚を許して欲しいって言えるような状況じゃないけど、またお付き合いしてますって事くらい、俺の口から言いたいんだ」

「うん。でもまた反対されたらどうするの?」

「どうもしないよ。許してもらえるように頑張るだけだよ。
もう何があっても別れたりしないから・・・ね!」

ずっと不安に思っていた事を弘人がハッキリと否定してくれ、菜緒は嬉しくて込み上げてくる涙を堪え優しく抱きしめる彼の胸に顔を埋めた。

「ねぇ 時々は泊まりに来てくれるよね?」

「廉が野球の遠征でいない週末もあるからなぁ。廉がいる時なら泊まりに来れると思うけど・・・。
去年母ちゃん病気しただろ?もう大丈夫なんだけど、夜一人にするのは心配なんだ」

「うん。楽しみにしてるね」

弘人の母親は長年の夜の仕事のツケがまわったのか肝臓を患って去年入院したのだ。

幸い手術する程ではなかったものの、それからは疲れ易く年齢的なこともあって弘人は母親の体の心配をしていた。

「今日は?」

「泊まれないけど、ゆっくりして帰るよ」

残念そうにする菜緒のおでこに優しくキスをして、もう一度そっと抱きしめる弘人。

だけど「なんでおでこ?」菜緒はちょっと不満そうだ。


つづく・・・

さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 4話 ≫
翌日、菜緒は実家に帰り「あたしがまた、弘人と付き合ってるのは知ってるよね?」そう両親に話を切り出し、父親はソファーに座り静かに娘の言葉に耳を傾けた。

「弘人がちゃんと逢って話がしたいって言ってるの。逢ってくれる?」

とうとうこの日が来てしまった。

父親は観念したように「菜緒がこっちに帰ってくると決まった時から、いつかそう言うんじゃないかと思っていたよ。
ちゃんと逢える時間は作るよ。私も話したいことがあるんだ」そう呟き、一人部屋に戻っていった。

「話したいことってなんだろ?」

菜緒は疑問に思いながらも、父親が素直に逢ってくれると言ったことが嬉しくて、深くは考えようとしなかった。

次の週末、菜緒の父親は仕事を早く切り上げ彼と逢う時間を作っり、弘人は一着しかないスーツに身を包み緊張した面持ちで彼女の実家を訪れた。

5年半ぶりに逢った菜緒の父親は、少し年を取ってはいたが相変わらず大人の貫禄のある男性で、弘人はごくりと唾を飲み込むと「ご無沙汰しています」と深々と頭を下げた。

5年半前、娘と別れてくれと差し出したお金を最後まで受け取ろうとしなかった青年の、真っ直ぐで強い眼差しが菜緒の父親には怖かった。

どうにかしなければ娘を奪われてしまいそうで。

しかし結局は別れさせることは出来ても、二人の絆を引き裂くことは出来なかった。

そして今、その青年はここにいる。

父親も二人の付き合いを妻から聞いていて、二人がどんなに真剣に付き合っているのかも分かっていた。

だから早くこの日が来ないかと、心の何処かで思っていたのかもしれない。

父親に促され弘人は、ゆっくりとソファーに腰を下ろした。

「君に逢うのは6年ぶりだね。あの時はあぁするしかなかったんだ。すまなかった」

頭を少し下げる父親に「分かってます」そう言って頭を上げるように告げる弘人。

「娘さんを、菜緒さんを守る為にした事だって。
それに、あの時の僕がもっと強ければ別れることもなかったんです。
あの時の僕は、菜緒さんを受け止めれるほど大人じゃなかった。
でも今は違います。将来の事も考えてお付き合いさせて頂いています。
今すぐには無理かもしれませんが、菜緒さんとの結婚を認めてください」

弘人は父親の目を真っ直ぐに見つめそう告げると、ゆっくりと頭を下げた。

「結局私は君の菜緒を思う気持ちに負けたのかなぁ」

小さく溜息を零しながら、父親は話を続けた。

「娘との将来についても考えてみてもいいと思っています。・・・ただ」

「・・・ただ?」

「菜緒にはうちの会社を継げる人と結婚して欲しいと思っています。
達也が跡を継がない以上、それが条件なんだ。
君は今、造船の会社で働いていると聞いたが・・・」

「はい。4年目になります」

「そこを辞めて、うちに就職する気はありますか?」

「えっ?・・・就職ですか?」

弘人が戸惑いを見せると、少し離れたダイニングテーブルに座って話を聞いていた菜緒が立ち上がった。

「お父さん突然何を言うの?弘人は亡くなったお父さんと同じ仕事がしたくて工場をたたんだ後、今の会社に就職したのよ。勝手なこと言わないでよ」

「今、神崎くんと話してるんだ。お前は黙りなさい」

捲くし立てるように投げつける娘の言葉を父親が遮ると、その迫力に負けて菜緒は言葉を飲み込んだ。

「お父さんにも色んな思いがあるのよ。聞いてあげて」

そう言って優しく娘の肩を抱き宥める母親に、菜緒だ黙って小さく頷いた。

「少しお時間を頂いてもいいですか?
僕はこれからも母や弟を守っていかなければなりません。
だからすぐに分かりましたとは言えないんです」

小さく頭を下げる弘人に「それは構わないよ。ゆっくりと考えてくれて・・・
ただその条件だけは変わらないからね」父親はそう念を押して席を立ち、奥の部屋に入っていった。

小さく溜息をつく弘人。

全く考えなかった事ではない。しかし実際に言われると正直キツイ。

亡き父のやっていた仕事に携わって行きたいという思いと、これからも母と弟を守っていかなければならないという責任。

何もよりも自分に会社を継ぐだけの能力があるのかという不安で、彼は戸惑いを隠せないでいた。


つづく・・・


さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 5話 ≫
菜緒の両親に逢ってから、弘人は悩んでいた。

今の造船の仕事が好きだ!でも、菜緒を諦めたくないし、出来るわけもない。

しかし会社を継ぐ程の自信もない・・・。

分かっているのは自分が何を守るべきで、人生を誰と歩んでいきたいのかという事だけだ。

後一歩を踏み出すことが出来ない弘人は、今の会社に入ってからずっと慕ってきた主任の原田に相談してみる事にした。

「原田さん 相談にのってもらいたい事があるんですが・・・」

弘人がそう言うと原田は「神崎が相談なんて珍しいな。わかった。今日飲みに行くか?」そう言って手でお酒を飲むマネをし、弘人は申し訳なさそうに頷いた。

そして仕事が終わった二人は、原田行きつけのちょっと小汚い居酒屋に訪れカウンターに並んで腰を下ろした。

「今日はわざわざすみません」

小さく頭を下げる弘人に原田はグラスを手渡しながら「いや、俺は嬉しいよ。お前に相談されて・・・」と優しい笑みを漏らせた。

原田のグラスにビールを注ぎながら話し始める弘人。

「実は付き合ってる彼女といずれ結婚したいと思ってるんですが、先日彼女の両親に挨拶に行って父親の会社に就職して行く行くは会社を継いで欲しい。それが結婚の条件だと言われたんです。
正直今の仕事が好きだし、親父のやってた仕事だから止めたくないって気持ちもあるし、会社を継げって言われても、そんな自信もないし・・・。
それにいずれ会社を継ぐってことはあっちの籍に入るってことだと思うんです。
でも俺は母や弟を守っていかなきゃいけないとも思ってるんです」

「それで悩んで俺に相談したってことか・・・」

「はい」弘人は小さく頷いた。

「お前はどうしたいんだ? お前にとって一番大事物はなんだ?
仕事か?彼女か?仕事なんてなんでも良いじゃないか。
お前が結婚したいと思うほど惚れた人だろ。
それなら絶対に手放しちゃダメだ。
お前の仕事ぶりは俺も認めてる。
だからお前が仕事をやめるのは正直もったいないと思う。
でもお前の仕事ぶりを見て来たからこそ、お前なら大丈夫だって思うぞ。
お前はいつも人の幸せばかり考えてきた。
今度は自分の幸せを一番に考えて良いときなんじゃないか?
おふくろさんや弟のことはどうにでもなるよ。
まずはお前が幸せになれ 神崎!」

原田は弘人の肩を優しく叩き、グラスに注がれたビールをグイッと一気に飲み干した。

弘人の胸に父親に対する思いにも似た感情が顔を出す。

もし親父が生きていたら、こんな風に言ってくれたのかなぁ・・・

「おふくろさんには相談したのか?」

「いいえ、まだ」

「ちゃんとおふくろさんと話せ。きっとおふくろさんも分かってくれるよ」

「母ちゃんはきっと反対しません。昔彼女と別れた時の原因が自分にあると思っているんで、今俺達が付き合っていることを喜んでくれてるんです」

「じゃあ問題はないじゃないか。覚悟を決めて前に進め!男だろ」

そう言って原田は弘人の背中を力強くバシッと叩き、原田の言葉で弘人は会社を辞める覚悟を決めた。

もう後には引き返せない。

きっと菜緒の父親に認めてもらえる男になって彼女を幸せにすると心に誓った。

その日の夜、弘人は母親に自分の素直な気持ち、そしてこれからの事を話した。

母親も息子が菜緒の両親に逢いに行ってから悩んでいることを心配していたが「反対されたのかい?」そう息子に問い掛けても「そんな事ない」「前向きに考えてくれるっていってくれたよ」と息子は作り笑いをして答えるのだった。

弘人が言わないのなら、無理に聞くのは辞めよう。

全て弘人が決めることだから、あたしはそれを受け入れればいい。

もうこの子の幸せの邪魔はしたくない。

そう思っていた母親は、自分の幸せに向いて歩き出した息子の決意を誇らしく感じた。



その週末、弘人は自分の決意を伝えるために、横須賀の彼女の部屋を訪れた。

自分の父親が出した条件に悩んでいる彼の事を心配しながらも、自分からは何も言うことが出来なかった菜緒。

弘人と別れたあの日「全てを捨ててよ」と言って彼を傷つけた事。

それが彼女の心に暗い影を落としていたのは言うまでもない。

もう二度と彼を傷つけたくはない。

弘人は彼女の手を握り締めながら、ゆっくりと話し始めた。

「俺決めたよ 会社来月辞めることにした。
菜緒の親父さんの会社で働くよ。
俺に何が出来るかとか、どこまで出来るかとか分からないけど、前に進むって決めたから菜緒は何も心配しなくていいよ。
ただこれからも、母や弟のことは守ってい。それだけは変えられないけど」

「わかってる。でも弘人、今の仕事好きなんだよね?」

菜緒がそう問い掛けると「今は菜緒との未来だけ見て進みたいんだ」弘人は優しく彼女を抱きしめた。

「ホントにいいの?迷いはない?」

「ないよ」

そう言って弘人は彼女を抱きしめる手にギュッと力を入れ「ごめんね」菜緒も彼をそっと抱きしめた。


つづく・・・

さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 6話 ≫
週末、弘人は菜緒の父親に会う為に、スタージュエリーの社長室を訪れた。

「その顔は覚悟が決まったと思っていいのかな?」菜緒の父親が返事を促すようにそう問いかけると

「はい 菜緒さんと結婚させていただくために、こちらで一生懸命勉強させていただきます。
ただ僕が働く上で、菜緒さんとのことは内緒にしていただきたいんです。
ただの新入社員として、一から勉強したいので・・・ よろしくお願いします」

弘人はそう言って深々と頭を下げた。

菜緒の婚約者として会社に入れば、ある程度社員からも一目置かれるであろう。

それをあえて、ただの新入社員として入社したいという彼の言葉に父親は驚いたが、それだけに彼の覚悟が見えた気がした。



梅雨明け間近な7月、弘人は慣れないスーツに身を包み、スタージュエリーの企画課にいた。

「今日から働いてもらうことになった神崎弘人くんだ。みんなよろしく頼むよ」

課長が彼を紹介した後、弘人は大きく深呼吸をして「神崎弘人です。前に働いていた仕事とは、全然違う職種なのでご迷惑をお掛けする事もあると思いますが、よろしくお願いします」 そう深々と頭をさげて挨拶をした。

するとその場にいた女性社員が色めき立ち、ざわざわと空気が揺れる。

着慣れていないとは云え、スーツに身を包み清潔感を漂わせる弘人は誰から見ても間違いなく好感を持てる男性だった。



弘人が入社した週末、会社から少し離れたこじんまりしたレストランで彼の歓迎会が行われることになった。

女性社員は弘人の隣をGETしようと揉めていたが、彼はそれを全く気にも止めず男性社員と楽しく会話を交わしながら、大好きなビールを味わった。

しかしそこへ、他の女性社員を押し退けるようにして弘人の隣に座る女性が現れる。

男性社員の間でも可愛いと評判の香川だ。

弘人が入社して来た日、たくさんの荷物を持って廊下を歩いている彼女に彼が優しく手を差し伸べて以来、香川は彼に近づくチャンスを伺っていた。

そう彼女は恋愛をゲームとして楽しむ、菜緒とは正反対のタイプの女性。

弘人も菜緒と付き合う前は、それなりにモテていたし遊んでもいた。

しかし彼女と付き合うようになってからは、全くと言っていい程他の女性に興味を持たず、それは香川に対しても変わらなかった。

ここ数日何度もアプローチを掛けるのに自分を全く相手にしない弘人に対して、香川は苛立ちさえ感じるようになり、今日は彼との距離を縮めるいい機会だと思っていた。

だが隣に座りあからさまに好意を表す香川に対して弘人は無関心。

その様子は周りの人間が見ていて面白いと思えるくらいで、プライドを傷つけられた彼女は「絶対に好きにさせてやる」そんな風にさえ思っていた。

2次会のカラオケに行っても香川の態度は変わらず、自分にべったりと寄り添いピンク色に色付いて見えそうな声の香川のアプローチを受け流す弘人の態度に疑問を持った女性社員が問い掛けた。

「神崎さんって彼女いるんですか?」

「いるよ」ビールを口にしながら答える弘人。

「どんな人ですか?」

「う~ん。可愛いかな。一途だし・・・」

照れる事もなく答える彼に先輩達は驚き、隣に座っていた香川は気に入らないという表情を見せながら、グラスに半分のカクテルを一気に飲み干した。

見た目かっこ良く、程よく遊んでいるように見える弘人。

先輩達には香川の事も、それなりに遊びで付き合えるタイプだと思われていたようだ。

「お前 案外真面目なんだな」

「案外ってどう言う意味ですか?」

先輩の言葉に苦笑いをする弘人。

そこへ彼の携帯に電話が掛かり、受信ボタンを押しながら慌てて部屋を出ると「もしもし 菜緒? ごめん遅くなって」と彼が優しい声で謝った。

会社で話す時とは違い、ゆっくりとした口調の弘人。

「帰りに泊まりに行っていい?・・・うん。待っててね」

そう言って彼が電話を切るとそこには香川が立っていて、驚きながら「何?どうしたの?」と彼が問いかけると「そんなに彼女が大事ですか?」ちょっと棘のある言い方をされた。

「うん。大事だよ。一番大事」恥ずかしげもなく穏やかな表情を見せる弘人に「ばっかみたい」冷たい言葉を投げつけると彼女は先に部屋に帰っていき、弘人は首を傾げながら、ふっと笑みを漏らせた。

先に部屋に戻った香川は彼に「ばかみたい」と言っておきながら、胸の奥が微かにざわつくのを感じながら彼女に話す彼の優しい声が頭から離れないでいた。

つづく・・・


さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 7話 ≫
あの歓迎会の日から弘人の存在が気になるようになった香川は、気のない素振りをしても彼の姿を自然に目が追ってしまうことも、他の男性とデートをしても以前ほど楽しくないことにも気付き始めていた。

今まで本気で男性を好きになった事のない彼女は初めての片思いに戸惑いながらも、それを素直に認めるのが悔しかった。


弘人といえば新しい仕事に慣れるのが精一杯で香川の気持ちに気付くわけもなく、毎日残業残業でヘトヘトになりながらも早く社長に認めてもらえるようになりたくて、ただただがむしゃらに働いていた。

その仕事ぶりが真面目な事、人間的にも先輩や上司に気に入られていることなどは部下の桜庭から聞いて社長も知っていた。

学校が夏休みに入った7月末

菜緒は弘人に逢う為に、久しぶりにスタージュエリーを訪れた。

「お嬢様 お久しぶりですね。今日はどうされましたか?」

自分が小さかった時から勤務している女性店員に声を掛けられ、彼を見に来たとも言えず「お父さんに用があって・・・」そう答えると、社長室の内線電話が鳴り菜緒が来ている事が伝えられ、父親は腕時計で時間を確認して溜め息を漏らせた。

「何しに来たんだ?」

「・・・お父さんとランチでもどうかと思って」

「お父さんはこれから出掛けなければいけないんだ。
それに弘人くんに逢いに来たんだろ?わかってるよ」

「でも会社じゃ弘人に逢っちゃいけないんだよね?」

「まぁ 弘人くんが内緒にしたいって言ってるし、仕方ないだろ」

「わかった」

そう言って寂しそうにする娘に思わず「少しだけ逢っていきなさい」と父親は言ってしまった。

私はいつからこんなに娘に甘くなったのかなぁ・・・



社長の部下の桜庭が企画課に行き弘人を呼び出すと「何でしょうか?」彼に呼び出される当てがなかった弘人は戸惑いを見せた。

すると桜庭は周りに聞こえないような小さな声で「お嬢様が3階の小会議室でお待ちです」と囁き、驚いた表情を見せる弘人に「社長からお嬢様との事はお聞きしております。
何かあった時に一人ぐらい知ってる人間がいた方が良いという事でしたので、何かありましたら私に言ってください」そう耳打ちをして仕事に戻っていった。

そして階段を駆け下り3階の小会議室に急いで向かう弘人。

香川がそれをこっそりと覗き見をしていて、彼がどこに行こうとしているかが気になり後をつけると「小会議室?何でこんなところに・・・?」中から話し声が聞こえてきた。

何を話しているのかは聞き取れないが、相手が女性だと言うことだけは分かる。

小会議室に入った弘人は「どうしたの急に?」そう言って菜緒に近づいた。

「お父さんが、ちょっとだけならいいだろう・・・って。仕事中なのにごめんね」

「いやいいよ。それより最近忙しくて逢う時間なくてごめんな」

「ううん。弘人が頑張ってるの分かってるから平気だよ」

「もうすぐお昼だからランチでもって言いたいんだけど、忙しくて出られそうにないんだ」

「顔見れただけでいいよ。あたしも帰るし・・・」

精一杯の笑顔を見せる彼女を、弘人は優しく抱き寄せると「ちょっとだけいい?」耳元で囁いた。

寂しいのを我慢して笑顔を見せる菜緒が愛おしく、彼女のおでこにそっと唇を押し当てる弘人。

しかし菜緒はちょっと不満の顔を覗かせる。

「ここ会社!」

「・・・わかってる」

彼はふっと笑みを漏らせると、可愛く拗ねた彼女の唇に小さなキスを落とし、もう一度愛しい彼女を優しくぎゅっと抱きしめた。

弘人が出て行った数分後に菜緒が小会議室から出て来たの目撃した香川。

しかし彼女が入社して2年、菜緒が会社を訪れるのは初めてで彼女には菜緒が誰なのかは分からなかった。

ただ会社でこっそり逢っているのを見て、弘人と何か関係があることだけは推測出来た。


つづく・・・



さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 8話 ≫
入社して3ヶ月が過ぎた辺りから弘人にも少し余裕が出来「週末逢えない?」菜緒にデートに誘うメールを送っていた。

実家に帰っていた菜緒は久しぶりの弘人とのデートに嬉しさを隠せずに、母親と会話をしている間もずっと笑顔が絶えず「どうしたの?何か良いことあった?」そう聞かれるくらいだった。

「ちょっとねぇ」

嬉しそうに答える娘の笑顔を見て、あの時結婚を止めたのはやっぱり間違いじゃなかったと母親は思っていた。

自分の一言がなければ、斉藤との結婚は破談にならなかったかもしれない。

あれで良かったのだろうか?

この2年半消えることのなかった思いが、この時薄れていくのを母親は感じていた。



週末二人は思い出の江ノ島へデートに行った。

亜祐太に気を使って5人で行ったデート。

それはそれで本当に楽しかった。

思い出話をしながら車を運転する彼の横顔を見つめ、菜緒が幸せの笑みを漏らせると「どうしたの?」弘人が不思議そうに問い掛けてきて「なんでもないよ」と彼女はまた笑った。

6年前 二人で書いた絵馬に「今度こそ、ずっと二人が幸せでいれますように」と書き込み、二人の幸せな未来を誓うと、その後向かった江ノ島水族館で弘人は思いも寄らない人に出会ってしまった。

知らない男性とデート中の香川だ。

うわぁ 菜緒のことバレた・・・そう思っている弘人に「この人が神崎さんの彼女さん?はじめまして」香川がそう挨拶をした事で、彼女が菜緒が社長の娘だと分かっていないことに気付きホッと胸を撫で下ろした。

「神崎さん会社でモテるんですよ!気を付けた方が良いですよ」

そう意味深な発言をして香川が挑戦的な目をすると、菜緒はきょとんとした顔をした後「大丈夫だよね?弘人」そう言って彼の顔を覗き込んでにっこり笑った。

弘人は菜緒のそう言う無邪気な所が好きなのだ。

弘人が彼女を見つめる眼差しが優しいことに気付いた香川は、胸が締め付けられるような痛みを感じながら、切ない気持ちになっていた。

やっぱり、この人が好き。



その日、菜緒の両親に夕食に誘われていた弘人は、ホテルのレストランに菜緒と二人で向かった。

思い出のインターコンチの、あのレストランに・・・。

そこで弘人は父親からある提案を受ける。

「年内いっぱい企画課で勉強をして、来年から私について勉強しないか?
弘人くんの仕事ぶりは桜庭から報告を受けている。
彼からの報告によれば、早いうちに私の仕事を勉強してもらっても良いのではないかと思っているんだが、どうだろう?」

「それって弘人の事認めたって事だよね?」

嬉しそうに菜緒が口を挟むと「菜緒 今弘人くんと話してるんだ」そう父親に怒られ、彼女はちょっと拗ねたように謝った。

「有難いお話なのですが、もう少し企画課で勉強したいんですがダメでしょうか?
もう少し仕事に自信がつくまで頑張ってみたいんです」

菜緒の父親が認めてくれたのは嬉しいが、まだ未熟なのは弘人自身が一番よく分かっている。

「分かった。君は結構頑固なんだね。褒めてるんだよ」

父親はそう言って彼にお酒を勧めながら、こうも言った。

「君が私について勉強する時が来たら、菜緒との事は公にするからね」

菜緒は少しずつ結婚に向けて進む日々を、信じられないような気持ちでいた。

昔あんな辛い気持ちで別れたのが嘘みたい。

こんな日はもう訪れないってあの時は思ったのに・・・。

自分の胸の中が幸せで満ち足りていくのを感じながら「ありがとう弘人。あたし今すっごい幸せだよ」彼を真っ直ぐに見つめながら微笑むと、弘人は少し照れたように笑って頷いた。

窓の外には、あの日と同じように観覧車の灯りが美しくクルクルと回っている。


つづく・・・
さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 9話 ≫
10月31日 菜緒は学校が終わった後、8時過ぎに弘人のアパートを訪ねた。

彼が残業で遅くなることは聞いていたが、6年前のハロウィンを思い出し、少しだけでも彼に会いたくなったのだ。

菜緒は彼の母親と一緒に料理をしながら、弘人と廉の帰りを待っている。

「菜緒ちゃん お料理上手になったのね。あたしは相変わらず苦手だわ」

「北海道に行っている間に少しずつ覚えたんですよ。
最初はホントに酷かったんですけど、最近やっとって感じですよ」

「弘人は何か言うの?」

「おいしいって言って食べてくれるんですけど、下手な時もそう言ってくれてたんで、どうなんですかね?」

「あの子らしいね」

「廉くんいつもこんな遅くまで練習してるんですか?」

「レギュラー取るんだって頑張ってるらしくて、いつもこんななのよ」

「弘人も廉くんも頑張ってるんだなぁ」

あたしは何を頑張ればいいんだろう・・・

そんな会話をしていると、アパートの外階段を駆け上がってくる足音が聞こえ、玄関のドアが開くと久しぶりに見る顔があった。

「廉くん!」

「菜緒姉ちゃん、どうしたの?」

「やっと逢えたね。横浜に帰ってきても廉くん野球の練習や試合で逢えなくて・・・。
2年ぶりかな? また大きくなったね」

久しぶりに逢う廉はすでに身長も弘人を追い越し少し男っぽくなっていて、菜緒は何だか高校生の弘人に逢っているような気持ちになり照れくさくなった。

「お腹空いたぁ。早くご飯食べようよ」廉がそう言うと「今日は菜緒ちゃんと作ったんだよ」と言いながら母親がご飯を茶碗によそい「菜緒姉ちゃん料理上手になったんだね」廉が思わず言ってしまった。

「そう言えば、昔チャーハン作ったよね。やっぱりアレおいしくなかった?」

心配そうに問いかける菜緒に「忘れた!」そう言って笑う廉。

どうやら兄弟二人して菜緒に気を使っているらしい。

「お母さんも廉くんも先に食べて。あたし弘人待ってるから」

「でもあの子何時になるか分からないよ。最近また帰りが遅いんだよ」

「もうクリスマス商戦の準備に入ってる時期だからなぁ」

菜緒がポツリと零すと「もう少し待って帰らなかったら、一緒に食べましょ」母親が彼女にそう告げた。

結局10時を過ぎても弘人は帰っては来ず、菜緒は彼に逢えないまま廉に駅まで送ってもらう事になり、駅までの道二人は高校の野球部の話、養護学校の話など色々な事を報告しながらゆっくりと歩いた。

廉が菜緒の歩調に合わせていたのだろう。

駅に着き券売機で切符を買いながら「少しでも弘人に逢いたかったなぁ」そう思ったとき、「菜緒?」いとしい声が聞こえ振り向くと会社帰りの弘人が驚いたような顔をして立っていた。

「どうしたんだよ。こんな時間に・・・」

「お兄ちゃんに逢いたかったからに決まってるじゃん」

「送ってくれたんだ。ありがとうな・・・廉」

「俺、帰るね。菜緒姉ちゃん、またね!」

二人に気を利かせ一人先に家路に着く廉。

「すれ違いにならなくて良かった。メールくれたら良かったのに」

「だって仕事忙しいの分かってたし・・・」

「そうだよな。ごめん。・・・じゃあ、家まで送るよ」

彼の言葉に「いいよ。疲れてるんだし、それに駅からはタクシーで帰るから大丈夫」菜緒は心配掛けないように寂しい気持ちを隠してにっこりと笑った。

「でも・・・」

「いいの。じゃあ送る代わりに、もう少しだけ一緒にいて」

そう言って彼に甘える菜緒。

二人は横須賀に向かう電車が来るまでの少しの時間、ホームのベンチに座って話始めた。

「ごめんな。まともに逢う時間作れなくて・・・」

「弘人があたし達のために頑張ってるって分かってるから、謝らないで。
あたしの方こそゴメンね。弘人に何もしてあげられなくて」

彼女が彼の肩に少しもたれかかるようにして謝ると「何で菜緒が謝るんだよ。俺が頑張るって決めたんだから。
きっと時間作るから、もう少しだけ待ってて」弘人が菜緒の髪を優しく撫で下ろした。

そこへ彼女の乗る電車がホームへ入ってくる。

ドアを挟むようにして立ち、手を繋ぐ二人。

「家に帰ったら電話して。心配だから」

弘人がそう言うと「分かった」彼女は寂しい気持ちを抑えて明るく答えた。

しかし電車の発車ベルが鳴ったと同時に弘人が電車に飛び乗り、ゆっくりとドアが閉まる。

「えっ? 弘人??」

「やっぱり送るよ。もう少し一緒にいたいんだ」

優しく微笑んで呟く弘人。

「でも・・・」

「菜緒 寂しい時は寂しいって言えよ。嬉しい時は嬉しいって言ってくれよ」

彼の言葉に菜緒は溢れそうな程の笑顔を見せ「嬉しい。すっごい嬉しい」と瞳を潤ませた。 

「でも、疲れてるんじゃないの?」

「菜緒のいると疲れ取れる・・・かも?」

「かも・・・って何よ」

ちょっと拗ねたように言う菜緒が可愛くて、彼は彼女の頭を優しくポンポンと叩いた。

弘人はドアにもたれ掛かるようにして、菜緒は彼にそっと寄り添うようにして、彼女の降りる駅までずっとおしゃべりを続けた。

弘人は平日なのに態々自分に逢いに来てくれた彼女が愛しくて、そっと菜緒の肩を抱き周りに気付かれないように「今日はありがとね」小さく囁きおでこにそっとキスをした。

駅に着くと電車を降り、今度は反対側のホームで弘人が乗る電車を二人で待つ。

「ちゃんとタクシーで帰れよ」

「うん。分かってる。弘人も気を付けてね」

「後で電話するから」

ホームに電車が入ってくると、二人寂しい気持ちを堪えて繋いだ手をギュッと握った。

発車のベルが鳴り、繋いだ手をそっと離すとゆっくりとドアが閉まる。

電車が動き出す寸前。ドア越しに声に出さずに彼が呟いた。

「あ・い・し・て・る」

電車が発車した後、帰宅するたくさんの人が行きかうホームには一人ニヤける菜緒の姿が・・・。

「もう、ちゃんと言ってよね・・・ばか」


つづく・・・



さがしもの 弘人と菜緒 ≪ 10話 ≫
11月末 店舗ではクリスマス商戦も本格化して来たこの時期、少し早めの忘年会が企画課でも行われることになった。
企画課が飲み会を開催する時はいつも、弘人の歓迎会が行われたあのレストランらしい。

会社から企画課の数人と一緒に店に向かう弘人。

その中にも香川の姿もある。

今までの彼女は男性社員に対して特別な意味がなくても平気で腕を組んだりするタイプで、内心はドキドキしながら何の躊躇いもないように「神崎さ~ん」と言って弘人の腕に自分の腕を絡ませた。

弘人はちょっとビックリしながらも他の男性社員にもやっているのを見た事があり、さほど気にも留めずそのまま店に向かった。

弘人が入社して5ヶ月。彼はもう企画課に馴染んでいた。

誰にでも分け隔てなく接する彼の態度はみんなにも好かれ、仕事も真面目で頼まれたことを嫌とは言わずしっかりとこなし、回り対して良く気が利くところは小さいながらも工場を切り盛りしていたお陰なのだろう。

当の本人はと云うと、とにかく仕事に慣れることに精一杯でただがむしゃらに働いた、そんな気持ちしかなかった。

そして香川はと云うと、本気なのを悟られない程度に弘人と着かず離れずの距離を守っていた。

相変わらず他の男性社員とも遊んでいたし・・・。

3階の小会議室で弘人と逢っていた女性が誰なのかは未だに分からず気にもなっていたが、今日は少し勇気を持って彼にアプローチすることを決めていた。

みんなで盛り上がる中トイレに立った弘人を追いかける香川。

「神崎さん、この後2次会行くんですか?」

「行くつもりだけど、何?」

「あの・・・あたしと二人で飲みに行きませんか?」

「どう云うこと?」

「どう云うって・・・」

「俺、彼女以外の女性と二人で飲みに行ったりしないから。
彼女が誤解するようなことしたくないんだ」

「ホントに彼女が大事なんですね」

「うん。大事だよ」

「会社の小会議室で逢ってた人ですよね? 江ノ島で逢った彼女って・・・」

香川の言葉に弘人は驚いた。

「何で知ってるの?」

「たまたま小会議室から出てくるの見たんです。あの人誰ですか?
何で会社にいたんですか?教えてください」

参ったなぁ。見られてたなんて・・・弘人は苦笑いをしながら頭を掻いた。

「ちゃんと説明してくれないと、他の人に言っちゃいますよ」

答えを迫る香川の言葉に、本当のことを話す覚悟を決める弘人。

「彼女は社長の娘なんだ。もう付き合って3年ぐらいになる。
俺がこの会社に就職したのは彼女と結婚する為なんだ。
みんなにはまだ内緒だけど・・・」

「そうなんですか・・・な~んだ残念!」わざと軽い口調で答え香川。

「あっそれと、誰にでも腕組んだりするの止めた方がいいよ。
男はバカだから、それだけで勘違いするヤツもいるから」

弘人が諭すように告げると「すみませ~ん」香川は少し悲しそうな笑みを見せ走っていってしまった。

初めから相手にされてなかったんだ・・・

初めて知った胸の痛み。今まで感じたことのない切なさ。

その事を気付かれないために香川はいつもより明るくはしゃいでみせたが、弘人は何となく彼女の気持ちに気付いてしまった。

でも中途半端な優しさが余計にその人を傷つけることを知っている弘人は、決して彼女に特別な優しさを向けたりはしなかった。

会が盛り上がってきた午後9時前、弘人の携帯電話がなり彼は電話に出ながら席を離れた。

「菜緒 どうした?」

「・・・・・・・・」

「菜緒?」

「電話してごめんね。今日忘年会だって知ってたんだけど・・・」

「別にいいよ。それよりどうした元気ないけど?」

「・・・あのね、弘人に聞きたいことあって」

「うん 何?」優しく問いかける弘人。

「今日、お父さんに用事あって学校が終わった後会社に行ったの。
そしたら弘人が会社の人たちと出てきて・・・。
あの人、江ノ島で逢った人だよね。弘人と腕組んでたの・・・」

レストランに課のみんなで行く途中の様子を菜緒は偶然見てしまっていた。

「アレは気にするような事じゃないよ。
彼女は誰にでも、あぁやって腕を組んだりするんだよ。
だから俺も気にしてなかった。ごめんな」

「でも彼女、弘人が会社でモテるって言ってたよね?」

「ただ面白がって言っただけだろ。電話で話しても仕方ないから、帰りに菜緒の部屋に寄るよ。いい?」

「・・・・・・うん。分かった」

元気のない声で返事をして菜緒は電話を切った。

彼女の沈んだ声が気になり、弘人が2次会を早めに切り上げて菜緒の部屋に向かうと、玄関のドアが開くと彼女は何も言わず彼にそっと抱きついた。

「ごめん。そんな不安になった?」

優しく問いかけても返事はなく、彼の背中に回した手にギュッと力を入れる菜緒。

弘人は部屋に入り、彼女に優しく語り掛けるように話始める。

特別な意味はなく彼女が腕を組んできたこと。

自分がそれを全然気にしていなかったこと。

そして菜緒が心配するような事は何もないことを・・・。

「ねぇ菜緒? 俺がどんなに菜緒の事好きか分かってる?
他の女性なんか興味ないよ。
菜緒が不安になるって事は、俺の気持ち届いてないのかな?」

弘人はそう言って菜緒の頬に触れた。

「そうじゃないけど・・・だってあんなの見たら誰だって不安になるよ」

少し唇を尖らせて呟く彼女の顎を上に向けて、小さくチュッと音を立ててキスをすると菜緒は少し笑みを漏らせて彼の背中に腕を回した。




誰かを傷つけても、他の何かを捨ててでも、手に入れたい幸せがある。

もう二度と菜緒の手を離さない為に、今の自分に出来ること。

今はただ真っ直ぐに前だけを向いていたい。

「さがしもの」を見つけるために。



つづく・・・

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内容によっては承認しない。削除する事もありますのでご了承ください。

初めてコメントされる方は、必ず簡単な自己紹介と「はじめて」だと言うことをお知らせください。
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あとギャル文字は解読不可能なのでご遠慮いただきたいです。
ホントに読めないんです。ごめんなさい。

諸事情で隠しコメントは受け付けていませんし、コメレスもしていません。

ごめんなさい


ひらり
プロフィール

   hirari

Author:   hirari
中1の男の子、小3の女の子の母です。

亀ちゃんが好きすぎて息子に呆れられ、旦那に「うざい」と言われたちょっとアホな30代です。

仁亀萌えしておりまして、腐った発言多々あります(笑)。

今後もKAT-TUNと仁、両方を応援していきますのでよろしく!



ひと恋の弘人で亀堕しました。

めっちゃ長い「ひと恋」感想、小説「さがしもの ~弘人と菜緒~」など書いてますので、良かったら読んでやってくだパイ。


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